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ヴァレンティノ
ナラティブ
ヴァレンティノ
ナラティブ
朗読:佐倉綾音
かつて、愛せたかもしれない男に出会ったとき、私の名前は彼の口の中で溶けてしまった。子供の頃、熱にうなされて、とぎれとぎれにしか眠れなかったときに、母が囁いてくれたみたいに、彼は発音した。それを聞くのは、雑音に耳を傾けながらラジオのチューニングを合わせていると突然、音楽が聞こえてくるみたいだった。私はたじろいだ。これまでずっと、愛とは服従を意味すると言われてきた私は、子供の頃に宇宙と約束していたのだ––––仕方ない、愛なしで生きてみせると。通りを渡る合間に、突然ある思いが頭をよぎる––––私は誰のものでもない。髪をなびかせる風。牙のない狼。月に向かってウインク。錬金術師の反対で、私は金を銅に、恋人を過ぎ去った時間に変える。
彼の家の屋上で、愛せたかもしれない男が、洗ったイチゴが入ったボウルを渡してくれた。私は唇をぎゅっと結んだ。ボロボロの野球帽をかぶり、化粧を拭き取った。美しいと言われたくなかった。隠れていたかった。でも、私たちが言葉を交わすたびに、宇宙のヴェールが引き裂かれた––––私たちは前にもこの人生を生きていたんだっけ? 一瞬で過ぎ去った夏の間、私たちは踊ったり、引き寄せられたり、引き離されたりした磁石のようだった。
彼に別れを告げるとき、私は誇らしかった。両手をポケットに突っ込んだまま、約束は果たしたと。 雪を蹴って、凍りつきそうな霧を吸いながら森を歩いた。出席したディナー・パーティーでは、キャンドルがちらつき、テーブルの中央に置かれた花瓶からは芍薬が溢れていた。ローラのクローゼットを見せてもらうと、スウェーデンから取り寄せたドアノブ、シダーの匂い袋、何十枚ものセーター(すべてカシミア)が並んでいた。私は、すごいと言ってうなずきながら、スプーンをプディングに差し込んだ。週末には、赤いバーでデートの相手を選りすぐった。ジュークボックスからはお気に入りの曲が流れ、アイラインにはラメが輝く。私はピンクの風船ガムをはじくと、全身で嘘をついた。空が紫色になるまで踊り続け、二本の指にヒールを引っ掛けて長い道のりを歩いて帰った。一晩中、街のあちこちでサイレンが孤独の歌を響かせていた。私は見つけてもらいたかった。
「本当は、愛せたのかもしれないって、どうして彼に言わなかったの?」と訊かれると、私は笑った。母にはじめて美しいと言われたのは、二五歳のときだった。携帯電話のメッセージにはこう書かれていた––––はじめてあなたの目を、ちゃんと見たわ。私は、画面が暗くなって、明るくなり、また暗くなるまで携帯電話を持っていた。ダイアナの葬儀で、見知らぬ人たちが花束を積み重ねていったとき、父は泣いた。「愛? 生きるのに愛が必要な人なんていないわ」と母は言った。
でもかつて私は、愛せるとわかっていた男に出会い、彼の家の屋上まで百段もの階段を登った。ただ彼の姿を見るために、眩しい太陽に目を細めた。階段を登ってカラカラになった喉と、胸もとの心臓が、恥ずかしい動物のようにガタガタ音を立てていた。何もいらないと思いたかった。水さえも。
パリで私は、「誰のものでもない」をフランス語に翻訳する。すると「誰の娘でもない」とか「何でもない女の子」となる。それが私(C’est moi )。 FKAツイッグスがステージで回転すると、私もめまいを感じた。「あなたのためにやったんじゃない?」卵の殻の内側にある優しさから歌う彼女は、なんてパワフルなのだろう。自分の欲望は生き物のようだと彼女は言う。愛した人に別れを告げたとき、私は誇らしかった、と思っていたけれど、今は、自分が臆病者だったのがわかる。答えのわからない質問をするのが怖かった。笑いものにされるのが怖くて、自分を騙したのだ。何週間も、呆然としている。パン屋がペイストリーの入った紙袋を持って私を呼ぶ。「マドモアゼル、欲しかったものを忘れてしまったんですか?」私はガラス戸を粉々に打ち砕く。傷を縫合している看護師に、ガラスの間をそのまま通り抜けたと伝える。
その夜、おかしな夢を見る。校門のそばで待っている子供たちの列の一番後ろにいるのは、制服を着た母なのだ。ゆっくりと舞い上がる雪。誰も母を迎えに来ないので、私が行く。
目が覚め、次の電車に乗る。愛する男に電話をかけて、ここにいるよと言う。準備はできているから、迎えに来て。 好きなだけ私を笑いものにすればいい。 セント・パンクラス駅もピンクの電飾に染まっていることだしね。 あなたと一緒に過ごす時間が欲しいの。
1月29日生まれ。東京都出身。
『超劇場版ケロロ軍曹 誕生!究極ケロロ 奇跡の時空島であります!!』で声優デビュー。
同年に『オオカミさんと七人の仲間たち』でテレビアニメ初出演。
それ以降、「僕のヒーローアカデミア」麗日お茶子役、「五等分の花嫁」中野四葉役、「新幹線変形ロボ シンカリオン」速杉ハヤト役など、数多くの作品で主役やメインキャラクターを演じ話題作には欠かせない声優の一人。
第12回声優アワードでは助演女優賞・パーソナリティ賞をダブル受賞。
ファンからは“あやねる”の愛称で親しまれ、若手の女性声優界を牽引する存在として注目される。